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2006年08月16日
台北日誌228:もっとやれ
■8/15晩のNHK放送
いつもは帰宅後にニュース(スポーツ中心)を見ながら食事を取るのだが、昨晩は様子が違っていた。そういえば終戦記念日だなあ。通常営業をしているとよく忘れてしまう。テレビは「もう一度話そう アジアの中の日本」と言う討論番組を写していた。キーワードは靖国神社とアジア外交(主として中国)だった。
最近報道が過熱している総裁選で出るような話ばかりで、食傷気味になっていたのに拍車がかかった気がしたが、やはり見てしまった。取り立てて新しい論議もなくだらだら続くかとおもいきや、発言者が数少ない機会を逃さぬとばかりに、突拍子もないことを言うのが面白かった。一般人という肩書きの人達は、あなどるなかれプロ市民のようだった。
司会者も大変そうだった。
■もっとやれ
筆者も専門家ではない。あの場で話せといわれれば、彼ら以下だろう。
もっともっとやればいいと思う。専門家が研究しても結論が出ないこと、一般人が入って議論してもらちが開かないことは当然のこと。せっかくだから毎晩議論すればと思った。そうすればニュースで「戦争は怖いから、やめてほしいと思います」なんて中身のないコメントを聞かずに済むようになるのかもしれない。
■反省点を見つけた点では収穫
これまでこのページを見たことがあれば、筆者の立場はそれとなく分かると思うが、これらのかみ合わない意見を聞いていると、凝り固まった考えはやめなきゃいかんなと感じた。
そう思って早速歴史教科書を読んで見た。どの教科書かは市販されている時点で明確ですが。。。
いや~素晴らしい。教科書を見直した。教科書万歳。
短い文章でありながら歴史の流れを切らさないように簡潔に描かれていること関心しました。また、その時代の人々の気持ちなどもやんわりと分かる気がしました。(同じ気持ちにはなりえませんが)
改めて歴史は点でなく線であること実感しました。その時代の日本はある意味今の北朝鮮に似た状況に置かれていたのかも知れません。(勿論イコールではありません、経済制裁などの一部分に限ります。決して北に理解を示している訳ではありませんので念のため。くどい?)
投稿者 taipeih : 2006年08月16日 17:48