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2006年08月29日

台北日誌230:ひねてきたか

■年を重ねるにしたがって
ひねてきたかと感じるこの頃。自分の考えに合わないときには、無性に噛み付きたくなる。
その傾向がこのHPにも如実に現れていることは隠しきれないが、普段は虫をも殺さないような温厚な青年ですので、ひとつよろしゅう。(自分で言うな!)

■おかげさまで約3kg減
約1ヶ月間の成果です。やっぱり節制というのが一番、ダイエットには効き目があるようですな。食事の量、ビールの量、つまみぐい。。。などなど。毎日数度と体重計に乗っているためか、最近では一発で自分の体重を当てることができます。1日の体重は約2kgの幅で変化することも大発見です。
なんとかあと3kg。

投稿者 taipeih : 15:58 | コメント (0)

2006年08月16日

台北日誌229:ニュースキャスター

■はぁ?
とある日本のキャンプ場、2人の子供が探検とばかりに山に入り道に迷ってしまった。親の通報により警察などの必死の捜索でも見つからなかったが、翌日子供達は釣り人と一緒にいるところを保護された。

 父親会見「寒かったろうに、おなかも空いたろうに、よく頑張ったと褒めてやりたい」
 キャスター「看板を設置するなど、しっかりとした対応をとって欲しいですね」

はぁ?
多くの人に迷惑をかけておいて、最後には子供を褒めて、責任を他人に転嫁していませんか?

父親のコメントは個そのものであり、この場では公として感謝と謝罪を示すべきである。もしかしたら父親のそうした言葉はカットされている可能性がある。
結果的に父親の言葉は最後のキャスターのコメントにつながり、スムースなものとなっている。
この誤ったメッセージは意図的に投げられていないだろうか?

■過保護
連日と言っていいほど国、地方行政などを相手取った批判報道を見る。
やれ国が悪い、町が悪い。。。。という発想が瞬時に問題と結び付けられるようだ。もちろん、その中には非常に重要なものも含まれているわけで、どうでもいいことまでに大騒ぎすることがそうした重要案件を後回しにしてしまうのでは?と心配になる。
この数年間で日本の市民は責任を人に擦り付け、自身を過保護に扱う傾向が強くなっているような印象を受ける。(あくまでも報道を通して受ける印象です)
それが上記のような報道姿勢に関係していることは見逃してはいけない。

「しっかりとした対応をとって欲しいですね」

言ってやった。
しかし、使ってみるとなんて無責任で、軽い言葉なのかが良く分かる。

投稿者 taipeih : 20:21 | コメント (0)

台北日誌228:もっとやれ

■8/15晩のNHK放送
いつもは帰宅後にニュース(スポーツ中心)を見ながら食事を取るのだが、昨晩は様子が違っていた。そういえば終戦記念日だなあ。通常営業をしているとよく忘れてしまう。テレビは「もう一度話そう アジアの中の日本」と言う討論番組を写していた。キーワードは靖国神社とアジア外交(主として中国)だった。
最近報道が過熱している総裁選で出るような話ばかりで、食傷気味になっていたのに拍車がかかった気がしたが、やはり見てしまった。取り立てて新しい論議もなくだらだら続くかとおもいきや、発言者が数少ない機会を逃さぬとばかりに、突拍子もないことを言うのが面白かった。一般人という肩書きの人達は、あなどるなかれプロ市民のようだった。
司会者も大変そうだった。

■もっとやれ
筆者も専門家ではない。あの場で話せといわれれば、彼ら以下だろう。
もっともっとやればいいと思う。専門家が研究しても結論が出ないこと、一般人が入って議論してもらちが開かないことは当然のこと。せっかくだから毎晩議論すればと思った。そうすればニュースで「戦争は怖いから、やめてほしいと思います」なんて中身のないコメントを聞かずに済むようになるのかもしれない。

■反省点を見つけた点では収穫
これまでこのページを見たことがあれば、筆者の立場はそれとなく分かると思うが、これらのかみ合わない意見を聞いていると、凝り固まった考えはやめなきゃいかんなと感じた。
そう思って早速歴史教科書を読んで見た。どの教科書かは市販されている時点で明確ですが。。。
いや~素晴らしい。教科書を見直した。教科書万歳。
短い文章でありながら歴史の流れを切らさないように簡潔に描かれていること関心しました。また、その時代の人々の気持ちなどもやんわりと分かる気がしました。(同じ気持ちにはなりえませんが)
改めて歴史は点でなく線であること実感しました。その時代の日本はある意味今の北朝鮮に似た状況に置かれていたのかも知れません。(勿論イコールではありません、経済制裁などの一部分に限ります。決して北に理解を示している訳ではありませんので念のため。くどい?)

投稿者 taipeih : 17:48 | コメント (0)

2006年08月09日

台北日誌227:食べ続けると豚になる

■しまった
「うっかりしていたら、ぬくぬくと成長しちゃった」と気づいたのは、我が家のポンコツ体重計に乗った時だった。こいつは通常よりも1~2KGほど多く体重を示す不届きものである。しかも0.5KGが最小単位という怠け者でもある。とはいえ、大まかに体重変動ぐらいは分かるので、お役御免にするほどのことはありませんが。

■というわけで
地道に「体重計ダイエット」に挑戦中。なんのことはない、頻繁に体重計に乗るだけ。継続してダイエットする意識を刷り込むことに効果的だそうです。無茶な暴飲暴食はしなくなる、ということですな。納得。

■おかげさまで
体重計、カミさん、お酢等々みなさんのご協力を得て成長は止まったように見えます。ひいきめに見れば、微妙に減少傾向といったところでしょうか?とにかくありがとうございます。長期戦になると思いますので、一つよしなに。

■食べ続けると豚になる
さて、実はここからが本題だったりする。
本日面白い記事をとあるブログで見た。トラックバックとやらでもすれば良いのだろうが、そんなやり方は知らん。「食べることに満足した後、さらに食べると豚になる」そうだ。豚には気の毒、牛には幸いといったところか、勿論すごく当たり前のことである。
話のポイントは「欲を満たしたら、別な価値観を求めなければいけない」というところにあった。貧しい人が金を手にするために頑張るのは普通だが、お金持ちは別の価値観を求めなければいけない。最近めっきり聞かなくなったがライブドアや耐震偽装などの問題は、こうした所に根ざしているのではないだろうか?
中国に擦り寄る日本の一部経済界に対しても、同じ論理で批判していた。では、別な価値観とは何かというと、ここでは日本人としての美意識だった。戦後復興で富を得た日本人は、今従来持っていた美意識を忘れかけている取り戻さねばならないと指摘している。
豚にならぬように、襟を正さねばならないようだ。(豚には気の毒)

投稿者 taipeih : 19:19 | コメント (0)